今年、熊の出没が突出して増えた理由

今年は全国各地で熊の出没が例年になく増えています。背景には、どんぐりの凶作などにより山中で十分な食料が確保できず、人里へ降りざるを得ない地域が多いことが挙げられています。その結果、人的被害や農作物被害が相次ぎ、社会問題として注目されています。

静岡県でも熊の“目撃情報”が話題になることがありますが、その多くはイノシシやニホンカモシカの見間違いとされるケースです。ただ、静岡県の被害が無いからといって、この問題を対岸の火事と見るのは危険です。人と熊の距離が全国的に変化している事実は、どの地域でも無関係ではありません。

SNSで噴出する感情論と現実のズレ

熊の出没が増えると、SNSには「熊は悪くない」「駆除しないでほしい」といった声から、「危険だから処分すべき」という意見まで、幅広い主張があふれます。命を思う優しさは大切ですが、感情だけを頼りにしてしまうと、現場で起きている危険性や熊の生態の変化、生活圏の問題が見えにくくなります。

感情は否定されるべきではありません。しかし、熊の問題は感情だけで解決できるほど単純ではなく、複数の要因が絡み合った複雑な現実があります。

「命の話」と「生活圏の話」は土台が違う

「命は平等」という価値観と、「生活圏を守る」という社会の仕組み。この二つを同じ土俵で比較しようとすると、どうしても矛盾して見えます。しかし、本来これは矛盾ではなく、そもそも扱っている領域が異なるだけです。

住宅や学校、道路、農地、通学路や公園。これらはすべて“安心して暮らすための空間”として整備されてきました。そこに熊が入れば、人も熊も危険になります。人間同士ならルールで解決できますが、熊に人間社会のルールは通用しません。だからこそ、人間側が境界を整え直す必要があります。

人間が環境を変え、そして熊も変わった

自然環境の破壊や開発が野生動物の行動範囲に影響を与えてきたことは事実です。一方で熊の側にも変化があります。かつて熊は人間を強く恐れていましたが、近年は世代を重ねた若い個体を中心に警戒心が薄れ、人里へ近づくケースが増えていると言います。世代交代により「人里は危険」という学習が途切れているとも言われています。

この問題を「人が悪い」「熊が悪い」と単純化することはできません。複数の要因が重なって、現在の状況が生まれています。

共存とは「仲良くすること」ではなく「距離を守ること」

熊を悪者扱いする必要はありませんし、過剰に擁護する必要もありません。大切なのは、無理のない距離を保つことです。

熊が人里に慣れるほど人との衝突が増え、最終的に熊の命が脅かされます。「人里は危険」と学習してもらうことが、結果的に熊を守ることにもつながります。

今年は熊に襲われた犬の事例も報告されており、ペットの安全というペットメモリアル ドマーニとして身近な問題でもあります。

道路の白線が消えると事故が増える ― 境界の曖昧化が招く危険

人と熊の距離の問題を、ひとつの例として道路の白線に置き換えてみます。
車道と歩道を分ける白線が薄れれば、どちらがどこを通るべきか分かりにくくなり、悪気がなくても少しずつ境界を越えてしまいます。その結果、事故のリスクが高まります。

生活圏と野生の領域も同じで、境界が曖昧になれば双方が危険になります。だからこそ線を引き直す必要があるのです。それは熊を嫌うためでも人だけを優先するためでもなく、「お互いが無理なく生きられる距離」を明確にするためです。

距離を守るために必要な現実的対策

● 危険な個体の処分が避けられない場合がある
繰り返し人里に現れ、危険な行動を取る個体は山に戻しても同じ行動を繰り返します。処分は熊への憎しみではなく、地域の安全を守るための最終手段です。
現在、この部分が非常に多くなっているのではないでしょうか。

● 熊に“学習”させることが重要
熊は非常に賢い動物です。
・ゴミ管理の徹底
・忌避剤の活用
・人の気配を切らさない山沿いの維持
こうした対策が「人里は危険だ」という学習につながります。

● 人間の生活領域を守るという視点
熊を放置することは、生活圏の後退につながります。農地の損害、住宅地の価値低下、通学路の危険化、ペットの散歩の不安など、地域の暮らしそのものに影響します。

共存とは「距離の設計」である

熊をすべて守ることも、すべて排除することも正解ではありません。
守るべき命もあれば、対処しなければ人の暮らしが守れない場面もあります。

大切なのは現実から目をそらさず、距離を丁寧に設計すること。
生活圏への侵入防止、危険個体の選別、熊への学習、地域の情報共有。
これらの積み重ねが、人と熊の両方の命を守ります。

ドマーニとしての視点

静岡県では被害があるわけではありませんが、全国の状況を見ていると、「距離」や「境界」をどう保つべきかという視点は、どの地域に住んでいても考えておくべきことだと感じます。野生動物との距離を適切に保つことは、無用な衝突や不幸な事故を減らすために欠かせない視点だと思っています。

そして今回このコラムを書こうと思ったきっかけは、朝、愛犬のトイプードルの恵比寿の散歩中に見かけた“薄くなった白線”でした。普段なら気に留めない光景なのに、車とすれ違ったその時だけは強く印象に残りました。境界が曖昧になると、誰も悪くなくても事故の危険が増える――その時、人と熊の問題も同じだと感じたのです。

境界を整えることは、人を守るだけでなく熊を守ることでもある。
これからも、人と動物が無理をせず暮らせる関係を考え続けたいと思っています。

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